アルバムには、良かった想い出だけか、そうでない想い出でもあるか。

何か、負の出来事があった時、所属する組織の言葉のみ引用して終わらせるか、自分の言葉でも思いを伝えるか、何もしないか。

自分の言葉で発信した場合、どんな言葉が思いとして連なり発信されるか。

これらって、日頃の言動やプロレスを観ている事で、なんかわかるなって、繋がっているなって。

もちろん、全てのプロレスを、会場で観ているわけでも、文字や映像を観ている訳でもないけど。

ただ、プロレスは、人となりがあらわれやすいから。

言葉を知らないから挑発しているようにみえるのか、まずすべからく自分を護ろうと躍起になる事項を展開していくか、この際だから思っていた事を吐き出すのか、迎合するが如しか、、、。

なんだかなこの人この選手って、のが、目につく。

それらを都合よくスルーするのもファンですけど。

それが、ホントのファンだと団体も選手も思っていそうですけどね。

まあ、そんなドン引きさせてくれるお人の御輿を担がなきゃいけない、担いでいた、その団体の選手スタッフファンは、大変だなって、いらぬ老婆心を抱かせてはくれるよ。

それらは、スターダムでの世志琥さんの退団や、近いところでは、紙テープの後処理問題人が消えれば環境問題も金銭も雇用も貧富も関係ない、みんな自分のご都合主義化石燃料車の販売禁止もそう、そしてアイスリボンの未成年逮捕事件等で痛いほど見えてくる。

痛いヤツも見えてくる。

社会に自分が必要かが問いではない

自分に必要な社会を欲しているにすぎない

社会を変えれば、はい、いいのです。

変えてみて

自分を護ために、誰かを生贄に

誰かを護るために、黙りを決め込む。

人は、弱い生き物ですから。

弱いから、知恵があり、

知恵があるばかりに浅知恵をつかう。

なにを護りたいのか。

アイスリボンの未成年が起こした事件なんて、まだよく分からない。未成年レスラーが逮捕された事は事実。

よく分からなくても騒ぐのが、ファンや世間だとしても、真実がわかるまでどうにもならん。もちろんどこまで真実を公表するかも、ある。それでも、どの立ち位置にいる人でも、人間性も見えてきてしまう訳です。

あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。

総集編をフジテレビでやっていた。

ゆきあつがめんまのお父さんに花火打ち上げをお願いする時、衝動的に土下座をする。

衝動的ではあるけど、なりふりなんてかまってられない気持ち。

でも、それは、自分の為?

自分がつくるアルバムには、普通は良い想い出の写真しか貼らない。でも人生良い事ばかりではない。

いろんな事があって人生。

いろんな写真が貼ってあるアルバム

良いことばかり貼ってあるアルバム

心のアルバムだって嫌なことは剥がして進んでいる。そうすることでしか、先に進めなかったりもする。生き続けていくのは、わりとしんどい。

土下座をするシーンを観ると思い出す事がある。誰だってなりふりなんてかまっていられない時は、ある。

誰がどうするかじゃなく、自分がどうしたいか。自分が出来ることは?

苦すぎる想い出。

めんまの成仏に自分勝手な気持ちを持ってのぞみ、めんまの願いを真剣に考えていなかったと回想する、4人。

人の為、だなんて、おこがましい。

それでも、それでも、衝動を止められない時だってある。

それが、アルバムに貼れるかどうかなんて、その時は、関係ない事。

僕は、プロレスのアルバムをつくるのは、疲れましたね。