第三十七話-

何だ。この血の臭いは。

鼻と口を塞ぎたくなるのを、月詠はすんでで堪えた。

今手を塞ぐことは危険だと本能的に悟ったのだ。

臭いに取られていた意識を引き戻すと、音が聞こえた。

金属が空を切る音。肉が斬れる音。血が噴き出る音。そんな音たち。

戦いの音。

武器を手に、月詠はその空間の中へと踏み出した。

化け物め。

刀を振るった土方は、その手に残る感触と、身体中を蝕む痛みを感じながらそう思った。

そんな彼が見据える男は片手を失い、肩を切り裂かれ、心臓を貫かれ、腹に風穴が空き、そのうえ頭の半分を削られて尚。

男は、哂っていた。

ここまで来たら、首を刎ねても死ぬかどうか怪しいな。

何をおっしゃいますか。こいつァ元から死んでるんですよ。殺すという発想自体、ナンセンスくらいに思わなくっちゃあ。

深夜矢の言葉に、なるほどなどと思っている自分が恨めしい。

定の怨念は、しぶとく、それでいて手強かった。

今やこの場に居る者で無傷の者は居ない。自分ではわからないが、今この空間はかなり血生臭いのではないだろうか。

何よりも誰よりも血の臭いを纏っているであろう怨念は、誰よりも普通に立っていた。

土方のように片足を引きずることもなく、近藤のように片腕をだらりとさせることもなく、沖田のように肩口を押さえることもなく、深夜矢のように脇腹を庇っていることもない。

誰よりも倒れていて然るべきそのモノは、誰よりも事も無げにただ立っている。

さあ、どうするか。

これは、やはり普通に戦って勝てる相手ではないらしい。

早まったか。

誰かがそう思ったちょうどその時だった。

羽水!?

女の声がした。彼等には聞き慣れぬ女性の声だ。

相対する男への警戒をそのままに、声がした方へ意識を僅かに傾ける。

クナイを手に持った女性月詠が、倒れている女に駆け寄ったのが辛うじて分かった。

女が倒れている場所を背にして彼等は立っているので、彼女等の詳細な様子は解らない。だが、月詠が薄いの名を何度も繰り返している事だけは解った。

月詠さん。折角来ていただいて申し訳ないんですが

ああ。

加勢を望まれている訳ではないらしい事を察した月詠は、倒れている女羽水の身体を丁寧に背負った。

彼女をここから連れ出してくれそう言われたのだろうと解釈した月詠は、彼等の身体越しに異様な姿で立っている男を見た。

この血の臭いの元はあれか。

しかも、男はどうやら此方を見ている。否、月詠ではなく、月詠が背負っている者を見ているのか。

まだ、暖かいな。

まだ、生きている。

とにかく来た道を戻ろうとした時、背筋を悪寒が走った。

まだ、

抑揚のない平坦な声。それでいてこの世の者とは思えぬほどの恐ろしい声。

生きて、いるのか。

恐ろしい声の直後、逃げろという声と走れという声が同時に聞こえて、月詠が足に力を込めた瞬間。

目の前に、男の形を僅かに残すだけの異形が立っていた。

いつの間に。

思った事は恐らく皆同じだったろう。羽水を背負ったままでは月詠は大して戦えない。片手でクナイを構えるが、できるのはせいぜい防御だ。

見れば、他の者も皆手負いである。対して、誰よりも重傷に見える目の前の者は誰よりも事も無げに立っている。

羽水。

今や答えられぬ仲間に、声を出さずに問う。

此奴も、お前が起こしたのか。

そんなに。それ程までに。

どうして。

どうして、何も。

早く逃げろという声の直後、月詠が潜って来た扉が蹴破られるように勢いよく開いた。

おおい税金泥棒共ォ!もう終わってんだろうなコノヤロォォォ!!

子どもの声が、その場に響いた。

天人?

魔王星否、勇者星の者か?

だが、そんなものに構っている暇は今の新八達にはなかった。

マネキン共がどんどん押し寄せて来る。ちらと見れば、件の機械は確かに駆動している。何かの音声も流れているようだが、そちらまで意識を向ける余裕はなかった。

押し寄せて来るマネキンを、神楽と臾巳南がその場で押し留め、押し返そうとする。

新八ィ!急ぐヨロシ!!

とにかくその機械壊せ!早く!!

わ、分かった!!

その二人の声を受けて、新八は再び走り出した。

そして、件の機械に木刀を突きたてようとした時。

新八を横からの衝撃が襲った。

辛うじてそれを防いだ新八は、しかしその衝撃の主に一瞬眼を見開きそして、睨み付けた。

お前、やっぱり魔王星の!!

衝撃の主機械の前に立っていた天人は、新八の言葉には反応せず、大仰な剣を構えている。

この機械を壊させないと、そういうことか。

やっぱり、あのマネキン共はこの機械が。

番人まで居るのだ。もう間違いないだろう。だが。

新八ィ!何もたもたしてるネ!早くするヨロシ!!

こんな狭い場所、そう長くは持ちこたえられんぞ!早くしろ!!

神楽と臾巳南の言う通りだ。そんなに時間は無い。

とにかく、この機械を壊せば。

させん。

え?

させんぞ。

ようやく。ようやく大願成就が目の前だというに。

天人の言葉に、新八は確信する。

この天人は、魔王星の者だ。

ようやく、この機械を動かせるだけのエネルギーが手に入ったのだ。質の良い実験体も手に入った。これで、計画の最終段階に入ればいよいよ、

そこで、天人の言葉は途切れた。

その胸からは、刀の切っ先が覗いている。

新八が目を見開いている中、その刀は真一文字に動き、天人の身体を切り裂いた。

天人が倒れ、その後ろには。

た、

よお。銀時んとこのガキ共。銀時はどうした?

そこに立っていた高杉に、新八は目を剥いて驚くも彼が今もっとも気になっている事は、そこではなかった。。

だァかァらァ!急げっての!!どんどん数が増えてるぞこれ!もうもたない!!

ああもう!まどろっこしいネ!私がやるアル!!どけダメガネェェェェ!!!

っておおい!ああもう!!

神楽が踵を返し、それを臾巳南も追う。押し留める者が居なくなったマネキン達はその空間に押し寄せて来る。

うおおおおお!!!

神楽は叫びながら傘を振りかざす。もう、件の機械は彼女の射程内だ。

今、この天人何て。

あ?

高杉が切り捨てた天人。もう絶命しているらしいその者は絶命する直前、確かにこう呟いていた。

いよいよ、Solomonが完成する。

ソロモンとは、あのバカな王の事ではないのか?

新八が疑念を抱いたのと同時に、彼の後ろで固いものが破壊される音がした。

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